2005年11月04日

携帯電話の歩みと、広告に与えた影響等

1979年の旧日本電信電話公社による自動車電話サービス事業の開始から、電電公社と事業を引き継いだNTTが自動車電話事業を独占していたが、1988年から1989年にかけて、旧IDOや旧DDIセルラーが新規参入を果たし、初期費用や通話料金などの引き下げ競争が始まり、今まで、企業の経営幹部層(エグゼクティブ)にほぼ限られていた自動車電話のユーザーが、土木工事現場の連絡用などにも広がりを見せるようになった。

その中で、1989年、画期的な小型携帯電話「マイクロタック」が発売され、NTTも同様の小型携帯電話「mova」を開発して対抗した。

通信業界全体の大きなターニングポイントとなった1994年には、自動車・携帯電話機の買取制度が導入され、初期費用の大幅な値下げが行われたのとともに、新規参入の第二弾である旧デジタルホングループ(現ボーダフォン)とツーカーグループの参入もあって、競争はさらに加速され、結果として携帯電話が広く一般に普及する下地が作られた。

翌1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、有線インフラに壊滅的被害が発生したなか、無線の強さを発揮した。

同年にはPHSという新しい携帯通信サービスが始まったものの、開始当初の電波状態の不安定さや、既に普及が始まっていた携帯電話との相互通話が当初は不可能だったという仕様上の問題もあって、逆に携帯電話の普及に弾みがつく結果となった。

この結果、バブル経済期に一世を風靡した無線呼び出し(ポケットベル)は、急速に携帯電話に取って代わられることになった。

携帯電話の契約数を多く獲得する目的で、購入時の端末価格を抑えるために、月々の基本料金から販売店へのバックマージンを支払うというビジネスモデルにより、1円から数百円など端末原価を大幅に下回る価格で端末が乱売される事もあったが、その反面、中途解約に対して不当な違約金を請求される「縛り」という問題もある。

各グループの激しい競争がもたらしたこれらの方法によって、携帯電話は国民の2人に1台まで普及したが、普及につれて、さまざまな社会問題も引き起こしている。
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